圧縮を考える: while I am deflating

IT業界で「圧縮」と言えば、データや信号の圧縮を指すことが多く、その場合には compress という定訳があります。
空気を圧縮するコンプレッサ(compressor)も「コンプレスするもの」と言う意味の語尾が付いたものです。

日本語では、圧縮したデータを元に戻す時は、「解凍」という言葉を使います。
冷凍したものを戻すみたいな印象ですよね。でも英語では「melt」ではなく、「decompress」と言います。
この時の「de」はデバッグの「デ」と同じで、「非」や「不」「除」を意味する「デ」です。
デコード、デカフェデトックスなども同様です。

それでは圧縮したものを戻す時は常に「decompress」で良いかというと残念ながらそうは簡単には行きません。

圧縮したデータはzipという拡張子を使うことがあるように、「zip」も今では動詞として立派に市民権を得ています。
zipファイルを「解凍」して開く時は「unzip」といいますよね。「de」と同様、否定形を作る際に「un」という接頭語は良く使われます。


それではパソコンのファイル管理によく使われているディレクトリはどうでしょう。
樹形図を成しているディレクトリでは「+」印をクリックすると圧縮されていた樹形図が「展開」されて枝が見えるようになります。この場合は日本語が「展開」で英語が「deploy」です。decompressではなくdeployを使うところがミソです。
解凍とdecompressは日本語と英語が一致していませんが、この展開とdeploy は一致している例でもありますね。

それでは、逆向きを考えてみましょう。展開されていた樹形図を折り畳む場合、英語では「collapse」と言います。「Collapse」には、貧血や脳溢血などで「ばったり倒れる」「崩れ落ちる」という意味もありますが、「広がっていていたものを小さくする」という意味があります。樹形図を圧縮する時は、まさにこの「折り畳む」という概念に一致します。折りたたみ傘の英訳が collapsible umbrella だと覚えておくと便利です。
それではこの「折り畳む」の熟語は何でしょう? 色々と調べてみましたが、なかなか腑に落ちる訳語に行き当たりません。そこで「展開」の反対語や対義語も調べてみました。「収束」「縮小」「格納」などが掲示されていましたが、どれもIT業界用語として、これだ!と納得できるニュアンスではないような気がします。「格納」が一番近いような気がしますが、しまう(収納する)わけではないので、何となく語感が違います。
それが理由なのでしょうか、樹形図を折り畳む時は、通常、「圧縮」が使われているようです。


「圧縮」は、水苔のような場合にも使われています。
乾燥、凝縮させているケースです。袋には「水に浸け、元に戻してお使いください」と説明書きがありますので、この場合は「還元」という日本語が適しているように思われます。この「還元」を英語でなんと表現したら良いかを和英辞典で調べてみたら、ほとんどの用例が「reduce」になっていました。還元すると減ることばかりなのかと勘違いしそうです。しかも、私が探している還元の訳語は圧縮したもの(即ちreduceしたもの)を還元して増やすことなのですから、reduceの逆のニュアンスが必要となります。
水苔のように乾燥圧縮したものであれば、rehydrate(水分補給して元の戻す)が適切です。Re- という接頭語は「再び」という意味ですから、一度脱水したものに再度水を加えて元に戻すという意味が正確に表現できています。

加圧して圧縮したケースであれば、deflate (減圧)でしょうか。加圧と減圧が反対語/対義語の関係にあるのではないかと思われた方もいらっしゃるのではないかと思いますが、風船のように加圧して膨らませればinflate、空気を抜いてしぼませれば deflateですし、加圧して圧縮すればcompress、減圧して復元すれば decompress となるわけです。


冒頭で、信号の圧縮を引き合いに出しました。音声や画像データを圧縮する場合をイメージしてのことです。圧縮率(compression rate)という用語もよく使われています。この場合の英語もCompress/Decompressが適訳ですが、圧縮した信号を元に戻す時の日本語は「復元」が適しているでしょう。
ただし、信号を変換したものの復元にはdecompressという訳語の他にデコード(decode)もあります。厳密に言えば、コード化したものを復元するという意味なので、「復号」という熟語の方がより正確です。この時の「デ」もコード化したプロセスを取り除くということで、デバッグデカフェと同様の「デ」です。
ただし、デコード(decode)の対義語は何かというとエンコード(encode)なんです。エンコードの和訳は強いて言えば符号化でしょうか。

さらに注意が必要なのは、暗号化の対義語も「復号化」だということ。この場合は、暗号化(encryption)と復号化(decryption)が対応する英訳です。
なかなか1対1の対応にならないことが理解して頂けたでしょうか?



それではまとめてみましょう。

Compress(ファイルや信号の)圧縮 → 解凍(decompress)
ファイルの圧縮=zipファイルにする(zip) → 解凍(unzip)
Compress (乾燥圧縮したもの)→ 加水復元(rehydrate)
樹形図の圧縮(collapse) → 展開(deploy)
展開(deploy)→ 格納(stow)
Compress (加圧圧縮したもの)→ 減圧復元 (deflate)
Compress → 復元(decompress)
復号化(decode) →符号化(encode)
復号化(decrypt)→ 暗号化(encryption)



圧縮を起点に、反対語/対義語、日本語/英語で4x4のマトリクスが作れるかと思いきや、そうは簡単に行かないことは明白です。ある単語を起点にそれを和訳、英訳と考えていくルート、反対語/対義語を英語と日本語で考えていくルートを追いかけて行くと、一つの文脈の中で語彙が増えていきますし、一つ一つの単語の持つニュアンスや、文脈に適した単語の選び方が理解し易いでしょう。



数週間続いた出張から戻り、一息付きながら(deflatingしながら)、圧縮とdelfateの関係を考えてみた次第です。